「先生の音ヌケが良いのは
多分弾き方良いからですよね?」
先日レッスンで生徒さんに言われた言葉です。
この質問が出てくる時点で
この生徒さんが優秀だという事がわかります。
個人的には
「音が良いのは弾き方が良いからだ」
という思いがあるけど同時に
「もしかしたら、他に音が善くなる要素があるかも知れない」
という思いがあるからこそ
先の質問になるわけです。
そうやって確かめに来られているわけです。
だから、僕は普段のアンプのセッティングを紹介しました。
「やっぱりそうでしたか」
とおっしゃっていました。
機材周りで大したことをしてないことを
確認できたようです。
いつの時代も「学びや勉強のの重要性」が
強調されない時はありません。
僕はこの考えは大賛成です。
でも、同時に
「本当に学べる人は少ないからこそ
先の教えが強調されるのだ」
という感が否めません。
先の生徒さんのように
自らの仮説があって、
それを検証しに来る時は
間違いなく学びがあるのですが…
それがない場合は
学びというのは起こりにくいと思います。
学びがない、ということは
上達もないのです。
上達がないどころか
上達する情報に振り回されることに
なりかねないのが現実です。
あなたは中身のある学びが出来てるでしょうか。
追記
ふと思い出しました。
今日の話と同じ内容で
嘆きに似た事を残していた
名指導者がいました。
彼は
尋ねてくるものには教えることが出来るけど
そうでないものには教えられない
と言っていました。
昔は感覚がよくわかりませんでしたが
指導業をしているとこの感覚は
痛いほど良くわかります。
この名指導者とはこの方です。
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