先日、海外のギターYouTuberが
自身のYouTubeチャンネルに寄せられた
コメントを紹介していました。
その内容は…
「うだうだ喋らずに演奏見せろ」
という内容で、その前後には
それを称賛するコメントが1件ずつ
入っていたそうです。
そのYouTuberは冗談交じりに
「それならCDとかアップルミュージックとかで
配信されているオリジナル音源を聞いとけよ」
と言っていました。
全く同感でした。
だって、そのYouTubeチャンネルは
ギターレッスンのチャンネルなんだから。
レッスンするのに喋らなければ
ただのギタリストの演奏動画です。
それなら別のチャンネルいけよって
話ですよね。
もしかしたら、先のコメントをいれた人は
「お前が人を教えられる程の腕があるのかを
演奏披露して証明しろよ」
といいたかったのかも知れません。
こう考える人は日本にも多いですよね。
「弾けないやつの教えは当てにならない」
という思想。
僕はこの発想はヤバいと思います。
なぜなら、この手の文句を言う人の頭の中には、
「弾けるやつの教えならアテになる
(上手い人に習えば上手くなれる)」
という浅薄な思い込みがセットで
こびりついているからです。
確かにある程度、弾けることは
教えるには必要です。
でも、だからといって
「弾けたら教えられる」と考えるのは
実に危険です。
そう考えて、遠回りさせられてきた人を
僕はイヤというほど見てきましたから。
「弾ける」と「教えられる」は
別物です。
そういうことが分かってないと
遠回りさせられることは
とても多いというのは
シェアするべき知恵だと思います。
追記
とは言え、結局人は
自分が信じているものの通りに動くから
自分の信じているものに対して
疑問を持ってなければ
こんな事を聞かされても意味はないかも知れません。
追記 その2
昔々、ある賢者がライバルの罠にかかって
両足を切り落とされるという刑を受けました。
自らの足で立つことも、
馬に乗って敵陣に斬り込むことも
生涯できなくなりました。
しかし、ある国の王様は、
武勇の振るえない彼を「軍師」として迎え、
車の中に座らせて軍の作戦を一任しました。
結果、賢者は卓越した指導と戦略によって
国を大勝利へと導き続けた…
という話が伝わっています。
「本人が前線で派手に剣を振るえるか
(超絶技巧を弾けるか)」
と
「人を勝たせる道理を言語化し、
導けるか(教えられるか)」が
完全に別次元の能力であることを証明する
歴史的実例です。
これに書かれています。
↓