あるところに、大きな老木がありました。
その大きさは、
何千頭もの牛が日陰に入れるほどでした。
ある日、大工の棟梁が、
弟子を連れてその木の前を通りかかったとき
弟子はいいました。
「これほどの大木なら、
さぞ良い家や船が造れるだろう」
しかし、棟梁は一瞥しただけで、
こう言ったのです。
「あの木は全くの役に立たない。
船を造れば沈んでしまうだろう。
家具を造れば腐ってしまうだろう。
柱にすれば虫が湧く。
まともに使えるところが一つもないから、
大きく育ったのだよ。」
その夜、棟梁は夢をみました。
なんとその夢には昼間、弟子と語り合った
巨木が現れたのです。
巨木はこう語りかけました。
「お前は私を役立たずと言うが、
もし私に使い道があったら、
とっくの昔に人間に切り倒され、
この年になるまで生き延びることは
できなかっただろう。
私はお前ら人間にとって
役に立たないからこそ、命を全うし、
これほど大きく育つことができたのだ。
これこそが、私にとっては
大いなる使い道なのだよ」
これは無用の用という教えを表す
逸話として有名なものです。
前回、趣味の話をしましたが
趣味はまさに、意識高い系の人たちからしたら
無駄でしかないでしょう。
でも、そうやってとにかくコスパとタイパと
効率を求めた結果
燃え尽きたり、過労死したりする…
なんて話は意外と多いのです。
無駄、無用と思われるものにこそ
自らを支える要素があったりするのです。
あなたにとってギターは
どんな無用の用を果たしているでしょうか。
そういう事にたまには
思いを馳せてみると
違った景色が見えるかも知れません。
追記
先の逸話はこれに書いてます。
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