弾けないものがあるときは
テンポを遅くせよ
様々なギタリストが言いまくってきた
手垢のついた教えだと言えるでしょう。
この「手垢がついた」という事実に、
もう一つの違う事実が隠れています。
この「もう一つの事実」に
気付いている人は非常に少ないと
思います。
故に、これを知ると先の教えの
真意が分かるのです。
そして、その真意を踏まえて
教えを実行すると、
人の演奏はいとも簡単に変わります。
弾けなかったフレーズは
いとも簡単に弾けるようになるし、
ギターにいわゆる「基礎練」が不要であった、
ということを悟ることでしょう。
それは、さっきまで暗闇の中を歩いていたのに
急に視界がひらけるような
感覚だと思います。
ということで、この「もう一つの事実」を
ご紹介したいのですが…
結論からお話しましょう。
「手垢がついている」ということは…
多くの人は「テンポを遅くせよ」という教えを
真に理解していない
ということを示しているのです。
だから、手垢がついているのにも関わらず
ずっと教えとして語り継がれるのです。
いつまでも常識にならないのです。
わざわざ語るほどもないほどの
常識にならないのです。
それくらい「テンポを遅くせよ」という
教えは正しく受け取れていない、
ということです。
じゃあ、「テンポを遅くせよ」とは
どういう意味なのでしょうか?
それは、速さ「だけ」を遅くせよ、
という意味なのです。
テンポとは速さのことですから
速さだけを遅くする。
ところが、多くの人は
ここが理解できてないとおもえてなりません。
僕もかつてはそうでした。
この意味が理解できてませんでした。
何でもいいから単に遅くしたら良いんだ
と思っていた。
だから、遅く弾いても
弾けてるのか弾けてないのかよくわからない。
教えの内容を実践しているはずなのに
全然、ピンとこない、という時期を
何年も過ごしました。
テンポを遅くせよ、というのは
「何でもいいから単に遅く弾け」
という意味ではありません。
ちゃんと守るべきものがあるのです。
それが何なのかは
また次回以降でお話しましょう。
今日のところは、
テンポを遅くするというのは
素晴らしい教えなんだけど
何でも良いから単に遅く弾け
という意味ではない
ということを知っておいてくださいませ。
追記
今回の話のように
教えというのはその言葉の真意を
理解しないと全く逆効果になることが
あるのです。
言葉の内容を深く考えずに
すべて信じてしまうなら、
ない方がマシ。
そういった賢者がいるけど
全くそのとおりですよね。
ギターでも全く同じです。
この賢者とは誰なのか?
この人です。