ギターで悟りを得た人の言葉

 

ここでコメント頂いたSさんがまたまた

素晴らしいことを仰っていたので

紹介します。

 

 

 

奥田先生、本当にありがとうござます。


メルマガにご紹介いただきましてとても
うれしく思います。


ミスの話をしているのにミズと
打刻ミスをしてしまって、
しかもそれが気に入っていただいて、
なんともいえない最高の気分です!!



そして、ここでも一つ証明出来てるなと
思いました。


ミズと入力してもミスの打ち間違いだと
わかってもらえる。


そりゃそうだよと思うかもしれませんが、
だったらですよ、完ぺきじゃなくても
通じるわけです。


通じればいんじゃないかなと思うわけです。


もちろん程度にもよりますが。


音楽に当てはめてみてください。


1曲の中で何回間違えるか、
そして間違えたら音楽が成り立たないのか。


もしかしたら聞いている側は
間違いに気づかないかもしれない。


だから間違えたと思うのは
本人だけかもしれない。


やっぱり心の中だ、と。


先生のおっしゃるところの
”音楽を自由に”というのが
なんとなくわかってきた気がしました。

 

 

 

ここにつながるのですよ。

 

 

多分、過去にも散々配信しているとおもうのですが、

ミスの無いギタリストなんかいないのです。

 

 

ミスがないのは機械、AIだけでしょう。

 

 

 

しかも、そのミスを認識するのは誰か?

 

 

それは音楽においては聞き手なのですよ。

 

 

ということは語弊を恐れずに言えば、

ミスはバレなければ何でも良いことになります。

 

 

 

そして、現実は意外にバレません。

 

 

僕たち演奏する側はミスを正確に把握できます。

 

 

しかし、聞き手は認識出来ないものなのです。

 

 

そうなったときに自分の感覚を優先してミスを減らす人と

 

ミスは減らしたいし、そのように努力するけど、

音楽は聞き手のためにやっているだし、

聞き手が気づいてないのだからいいではないか、

と思える人では未来が大きく変わるのです。

 

 

 

ここをわからずに自分の感覚を優先すると

ミスを気にしてその後の演奏はグダグダになる…

 

なんてことはよくあること。

 

 

そして、そのグダグダは

素人リスナーでも気付くのです。

 

 

そして、ミスが誰の目にも露呈する…

 

 

こうなるのが意外と現実だったりします。

 

 

 

僕はこれを経験したとき、

ミスを自力で排除しようとするのは

なんだか傲慢に見えました。

 

 

人間はそんなハイパフォーマンスな

生き物でしょうか。

 

 

いろんなモノに助けられている、

弱気生き物ではないでしょうか。

 

 

なのに自分の力を磨きに磨きまくって

ミスを抑え込もうとするのは

なんだか、非現実的で思い上がった人間に

見えて仕方ありません。

 

 

 

人間はいろんな存在に迷惑をかけ

いろんな存在に支えられています。

 

 

そんな迷惑を減らすことはできないのです。

 

 

だったら、ミスだって許してもらいましょうよ。

 

 

 

人間だから、ミスだってするさぁ。

 

 

そういう気楽さを持ってみたら

ミスが結果的になくなったなんていう

面白い現実を経験できると思います。

 

 

そして、自分のミスに寛容になってこそ

人のミスにも寛容になれると思います。

 

 

 

ミスを一切許さないという人

 

ミスを笑って許してくれる人

 

 

どちらを選ぶもあなたの勝手。

 

 

 

でも、先のような構図があることは

知っておいても損はしないのではないかと

思います。