「魔法のギターも魔法のアンプもない。

あるのは魔法のような人々だけだ。」

これはスティーヴ・ルカサーが残した言葉です。

以前、ヌーノがEVHの機材で
ギター弾いた時に「がっかりした」
と言っていたのを思い出します。

彼はEVHが使ったばかりの機材で
ギターを弾く機会に恵まれたのに
出てきた音は自分の音だったという。

こういう話を聞くと人によっては
「それはヌーノはプロだから」
とかいうのかもしれません。

でも、そうであったとしても
そういう話がやけに転がっているのは
どういうことなんでしょうか。

例えば、トニー・アイオミの曲に
友人であるブライアン・メイが
ギターソロで参加した曲があるけど
確かにブライアン・メイの音でした。

でも、その時の機材はアイオミが持っていた
白のスタンダードギブソンだったという…

同じような経験を
ジョン・ペトルーシもしているらしいです。

彼はジョー・サトリアーニの機材で
それを経験したそうです。

こんな話がゴロゴロあるということは
プロとかアマとか関係無いと思いませんか。

こういう事に気づくと機材云々は
どうでもよくなるかもしれません。

実際、機材関係なく、
自分の腕で自分の音が出せる
という方がストレスがないと思いますが
いかがでしょうか。

追記

この話は、自分の音に不満がある人には
希望になると思うんですよね。

なぜなら、自分次第で出音は変わる
ということだから。

機材ではないのですよ。

音に不満があるなら
腕を磨いたらいい。

身体操作を変えること。

そうすると音が変わります。

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追記 その2

料理で包丁というのを使いますが
この言葉には由来があります。

実はこれ、人の名前なんです。

そして、この人の話は
まさに今回の話のように
機材ではなく腕が重要だと教えてくれる話。

よかったら読んでみてください。

庖丁解牛という話です

これに書いてます。

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