あなたは人にギターを教わっていますか?

もし、教わっているなら素晴らしいです。

教わってないならそれはそれで素晴らしいです。

僕はどっちも経験があります。

教わってなかった頃は
自分で試行錯誤をしまくりました。

で、教わりだすと
「自分はなんてバカだったんだ」
と自分を恨みたくなるほど
先人というのは偉大だとわかる。

でも、現実はそういうことを感じたとしても
自分の才能を開花できないものが
ほとんどです。

音楽学校に行ったときに
200人いた生徒は
半年ごとに半減していったのを
今でも覚えています。

2年間のカリキュラムを修了した人は
たった20人そこらでした。

継続率10%ですね。

たった2年の継続がたったの10%です。

まぁ、もちろん、途中で辞めた者たちが
みんな音楽を捨てたのか?といわれると
わかりません。

別に仕事にしなかっただけで
楽しんでいるかも知れません。

でも、2年経って
10%しか残らなかったのは事実です。

こういう部分だけ聞くと
人に教わろうが教わらなかろうが
弾けるようになるのには

「やっぱり厳しい鍛錬が必要だ」

と思ったり

「やっぱり趣味でも音楽を
楽しめるようになるのには才能がいるんだ」

と思うかも知れません。

でも、教えてみてわかりましたが
そうではないのです。

先日書いた義務でやると
継続しても意味はない、というのと
同じような理由が他にもある。

例えば、主体性がないというのも
ダメでしょうね。

音楽学校の時も散見されましたが

「高い授業料を払ったから
もっと親切に生徒を扱うべきだ」

などという学生がいました。

こういうのはやっぱりすぐに姿を消しましたね。

逆に

「高い授業料を払ったからこそ
徹底的にプロを利用する」

というマインドを持っている者は
生き残っていたとおもいます。

言ってみれば
「お客様第一マインド」みたいなのを
掲げているようなのはダメだということです。

それはプロを目指す音楽学校の学生も
趣味で楽しもうとしている人も構図は同じ。

音楽を楽しみたくてギターを練習するなら
主体的にやるべきなんですよね。

お金を払ったから云々
先生の教え方が不満云々
音を出せない環境だから云々
センス才能が云々
つまらない練習が云々

そういう自分にコントロールできない
外のものに
自分がうまくいかない原因を見るのは
お門違いなのです。

だってギター弾くのはその人なのだから。

そういうお門違いな事をしているくせに
うまくなりたいなどというのは
それこそお門違いなのです。

ギターなんてもんは誰も僕達に
弾いてくれと頼んだわけではないのです。

自分が勝手に「良いな」と思って
始めたものなのです。

だったら自分が主体的になってやるのは
当たり前。

自分で頭を使って
工夫をして
それで上手くいかない経験して
ニッチもサッチもいかなくなって
人に教えを請うて
また工夫をして
そうやって色んな音楽を楽しめるようになる。

その意味で、僕は
教わらないことで工夫する力を磨き
教わることで自分の小ささを知れて
本当に良かったと今では思えます。

この話を読んで納得できたなら
あなたにはチャンスがあると思います。

今からでも遅くないから
自分でも工夫して
人からも教わって
主体的に関わってみてください。

趣味だのプロだの寝言を言わずに
自分が今どう工夫をしたら楽しめるかを
探求してください。

そうやって出した答えは
後から「あれは遠回りだった」と
思えても財産になると思いますよ。

追記

この話を書いてて

人から学んでも
何も工夫も考えもしないやつもダメ。

自分の考えを曲げずに
人から学ばないやつも
ダメ。

という教えを思い出しました。

まさにそのとおりだと思います。

これに書かれています。

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