座右の書にしている「老子」にこんなのがあります。

 

無為自然

これは何もしない世捨て人になれ、みたいな解釈をする人がいますが、違います。

これは、作為をするな、という意味なのです。

違う言い方をするとコントロールするな、ということです。

 

 

さて。

昔、こんな事がありました。

その時、僕はどうしていいのかわかりませんでした。

なぜなら、先生が訳のわからんことをいい出したからです。

 

「奥ちゃんはそうやってコントロールして弾くのを辞めなあかんで」

まず、自分はコントロールしているのかどうかもわからないのに「コントロールしてる」と言われても、、、、

という気持ちでした。

 

絵を書いてるときにも同じようなことがありました。

人生を教えてくれたメンターが言いました。

「兄ちゃんはええカッコしようとして書いてるな」

これも全く無自覚でした。

 

だから「どないせぃっちゅーねん!」と思っていました。

でも、メンターはそこで一つアドバイスをくれました。

 

「簡単やで、『どーでもえぇわ』と思って書いてみーな」

 

僕はその時、みんなの前でメンターに恥をかかされた、と思っていたので「わかったわぃ、もう知るか」と思って絵を書きました。

 

すると、、、、

確かに誰が見ても筆のラインが爽やかだったのです。

ギターの師匠の言った意味がわかった気がしました。

 

時が経ち、老子に出会います。

そして「無為自然」を知りました。

 

今なら言えます。

ギターはテキトーに弾いてても形になります。

というか、テキトーに弾いたものが形にならないとそれは自由に弾けるとはいえないのでは無いかと思っています。

 

確かにこのブログでもお伝えしているように、トーンやリズムは重要です。

フォームも身体の動かし方も重要でしょう。

音楽理論も重要でしょう。

 

でも、それを意識して(これが作為)使っている間はまだ伸びしろがあるのです。

あなたの知らない世界があるということです。

 

ギターも長く弾いていると作為を捨てる時が必ずやってきます。

だから、最後は作為を捨てて、無為自然に弾くというのを頭だけでもいいからわかっておくのは未来を変えると思います。

 

どーせ弾けるのです。

その過程を楽しみましょう。