楽しければ何でもいいんだ。

 

そういう考え方があります。

 

 

僕はこの考え方が大好きです。

 

生徒さんにも推奨しています。

 

 

でも、この考えは諸刃の剣であるのも

事実だと思ってます。

 

だから、生徒さんに言う時は

その辺りの話もします。

 

 

そこで、今日は「楽しい=万能説」について

シェアしようと思います。

 

そもそも、この説が諸刃の剣だと思うのは

解釈によっては害になるからです。

 

では、この説はどんな解釈があるか?

 

 

1つは純粋に、今、楽しいことをやる

というニュアンス。

 

これは裏に下心がありません。

 

楽しいからやる。

 

おもろそうだからやる。

 

やったらどうなるか知りたいからやる。

 

こういう感じで「楽しさ」を純粋に

見出そうとしている状態です。

 

 

もう1つは「楽しい」を盾にする解釈です。

 

意外とこのパターンは多くて、

僕もこの罠にハマったことがあるのですが…

 

「楽しいから今のままでいいんだ」

といって自分を正当化するケースです。

 

もちろん、現状維持で本当に楽しくて

満足していて、幸せなら問題ありません。

 

変わる理由はないのだから問題ないのです。

 

でも、一例ですが…

心の底では自分よりうまくやっている人に

対する妬みがあったりすると

「楽しいからいいんだ」と

主張したりするわけです。

 

これは実は惨めな自分を正当化する

道具になっている可能性が高いのです。

 

こんな感じで楽しい=万能説は

解釈が左右する部分があるのです。

 

 

そもそも、「楽しさ」というのは

一人で完結するものなのです。

 

そして、この「楽しさ」を追いかけると

心は幸せで満たされます。

 

当然、他人との比較も自分に対する

世間から評価なんかも存在できません。

 

だから、家でギター弾いてても楽しい

という人はあっという間にうまくなります。

 

バンド等で人と弾いているときも

一人で楽しめることが前提である人が

集まるとめちゃくちゃ楽しくやれるのです。

 

 

結局、楽しさというのは、対象に対して、

自分から湧き立たせている感覚なのです。

 

それは反応のような感じがしますが、

実は自分で楽しさを見出しているから

楽しいと思えるのです。

 

ギターで普段からトーンとリズムとか、

身体の使いかたといっているのは

そこを追いかけると楽しさが

湧きやすくなるから

伝えているだけのことです。

 

そもそも、ギターは

音楽をやるための道具だから、

音楽が表現できたら

自動的に楽しいと思えるように

なっているのです。

 

つまり、音楽をダイレクトに表現したら

それが楽しさを見出す事に直結する。

 

だから、スグに楽しさが

わかるようになるのです。

 

そして、それは一人でも

幸せに完結するものです。

 

だったら、とっとと

楽しく幸せになったほうが良いわけです。

 

そのためにも「楽しさ」というのは

正確に理解しておいたほうが良いかも

知れません。

 

参考になれば嬉しいです。

 

 

追記

まぁ、難しいことを考えずに気楽に

トーンとリズムや身体の使い方を意識して

曲のコピーをすれば勝手に楽しくなってくる

ということです。

 

他人との比較とか他人の目とか

無視したら良いだけですね。