3日、3月、3年

 

 

これ、なんのことかと言うと、

たまたま読んでいる本に出てきたコンセプトです。

 

 

読んだ時に激しく共感できました。

 

 

 

人間は3日継続すると慣れてくる。

 

 

3ヶ月継続すると面白さがわかり、

3年継続すると一人前になる、という話。

 

 

 

要は続けろってことです。

 

 

これは禅宗の僧侶の書いた本に

記されていたのですが、ギターも同じ。

 

 

 

練習には量と質がある、ということを

ずっと発信していますが、

量と質を凌駕するのがこの継続性。

 

 

多少、質が悪くともしぶとく継続すると

質が高まってくる。

 

 

自分で質を高められなくても

質を高めてくれる教えに出会えたり、

質を高めてくれるコーチと縁を結べたりして、

なんかよくわからんけど質が高くなる。

 

 

毎日アホほど長時間弾けなくても、

毎日5分でいいから継続していると

量という概念から抜け出て、

短い時間でも上達できる何かを

掴むこととになったりする。

 

 

流石に18年も専業でやっていると

これくらいのことは同意できるようになります。

 

 

要は継続。

 

 

 

ここで、人によっては、

 

「3日やったけど慣れねーよ」とか

「3ヶ月やったけど、面白さなんかわからねーよ」とか

「3年やってるけど全然上手くなってる気がしねーよ」

 

などといったりする。

 

 

でも、これはとても浅薄な態度だと思います。

 

 

3日、3月、3年というのは

あくまで話のイメージをわかりやすくするための方便だ

と考えるのが自然な解釈でしょう。

 

 

「ざっくり、こんなイメージで練れてくるんだよ」

と言ってるわけです。

 

 

 

人によっては慣れるのに、

1年かかる人もいる。

 

 

人によっては面白さがわかるのに3年かかり、

1人前になるのに10年かかる人もいる。

 

 

これが現実でしょう。

 

 

 

こういう個人差があるけど、要は続けてたら

 

 

慣れ

 

 

面白さがわかる

 

 

体得する

 

 

という段階を辿ってマスターになっていくのだ、

と言いたいわけです。

 

 

 

だからこそ、ゆっくりで良いから

しぶとく継続することです。

 

 

 

継続性。

 

 

あなたのギター練習には継続できる

仕掛けや仕組み、工夫はあるでしょうか。

 

 

 

 

追記

よく考えると継続性などというものは

普通に物事考えられる人なら

普通に満たしている条件だ

と言うこともできると思います。

 

 

プロギタリストの演奏を聞いて

かっこいいと思って、

自分もあんなふうに弾けるようになりたい。

 

 

そう志して、練習して、1ヶ月そこらで挫折。

 

 

 

そうなるのはどう考えても不自然です。

 

 

1ヶ月そこらでプロが修練してきた結果と

同じステージに立てると

考えるほうがおかしいですし、

 

そんなことを考えるのは

一生懸命、求道してきた先人に失礼だと思います。

 

 

もちろん、短期間で物事を習得される人はいます。

 

でも、そういう人は

そもそも短期間でなんとかなるなどと

信じてないし、短期間で習得できるなりの

考えや態度をお持ちです。

 

 

 

よくおられますけど、

練習して自分なりの工夫をして

うまくいかなかったから人に教わっているくせに、

教えてくれる人の言うことを

一聴して理解したつもりでいる、、、

 

こんなのも非常識です。

 

 

 

わかるわけがない。

 

 

そんな簡単にわかってもらったら困りますよ。

 

 

 

わかるわけがないのです。

 

 

体験量もここまで経てきた過程も違う。

 

 

知識量も違えば考えることも違う。

 

 

やってきた工夫も違う上に、

情報の大半を切り捨てざるを得ない

言葉というものでわかった気になるのは

その人の成長成熟が阻害される、

という意味で困るのです。

 

 

特に一芸に秀でるほど求道した経験がないなら

なおさらでしょう。

 

 

自分はわかった気になっているだけ。

 

 

そう覚悟しておくほうが現実的ですし、

人間としてもきれいな態度だと思います。

 

 

音楽を本当に楽しむことができる人とは

こういう覚悟を普通にもっているというのは

長年音楽に携わってきて

間違いなく言えることだと思います。