彼女は目の前にある紅茶の入ったカップを手に取り、口を開いた。

「まぁ、今のはただの言い伝えですけどね」

 

すると目の前にいる女性がこういった。

「何言ってるの、そういうのが真実よ」

といった。

 

そして、この後の話で彼女は

目の覚めるような思いをする…

 

 

冒頭から何の話だ?と思ったかもしれませんね。

いつものように生徒の話が出てきたと思ったかもしれません。

でも、この話は違います。

 

冒頭の話は実は僕の母が、僕の大恩人である数学の家庭教師(U先生)のお母様との話。

U先生はとても頭のキレる人でしたがうちのオカンいわく、U先生のお母様も頭が異様にキレた人だそうです。

今みたいに東大出てるのに実はバカ(耳にはするけどほんとにそんな人いるのかは不明)みたいなタイプではない。

 

U先生のお母様もあの時代に珍しく東大出てるけど、マジで頭の良さに関してやばいくらいキレ者だったそうです。

その方とうちのオカンはたまたま職場で知り合いました。

 

 

オカンは公務員だったのですが、そこにU先生のお母様がアルバイトに来ていました。

 

オカンは学歴とか気にしない人間ですが、頭のいい人間を嗅ぎ分ける嗅覚はかなり鋭く、そういう人とすぐに仲良くなってしまう特技を持っています。

 

案の定、U先生のお母様とも趣味の仏像や仏教の話で意気投合した。

で、たまたまうちのオカンが自分の家に伝わる伝承を話したのが冒頭の会話です。

 

U先生のお母様は

「何言ってるの、そういうのが真実よ」

といった後、こう続けたそうです。

 

「歴史の文書はいくらでも改ざんできる。

後世のものが読み違えることもある。

文書に残っているものは当てにならないわよ。」

 

これを聞いてうちのオカンは当時「なるほどー」と思ったようです。

 

 

更に、

「言い伝えほど信憑性があるものはないわよ」

と結論づけていたようです。

 

 

もちろん、言い伝えだって内容が誤って伝わる可能性はあります。

 

でも、言い伝えは文書を燃やしたり、外部から何らかの圧力で隠滅することが出来ない。

継承させたい意思があれば大事な部分は伝えられるのではないかと思うのです。

 

「言い伝え」というととても時代錯誤した古ぼけたやり方のように見えるかもしれません。

 

でも、そういうのが本当に価値があったりする。

 

 

これ、ギターも同じなのです。

ギターにも奇策はありません。

純粋に身体の動きを真似て音を真似て演奏者の心の中を読み取って真似をする。

 

一言で言ってしまえばそれだけです。

シンプルなことを黙々とやりましょう。