宅配便のユーザーさんから

こんなコメントを頂きました。

 

 

またまたギターに直接関係ない話ですが、
先日読んでたコラムのようなものに
新渡戸稲造の話がありました。


「武士道」という本を書いた人です。

奥田先生も以前メルマガで
取り上げていたような気もします。


とにかくそのコラムのようなものに
”義徳”について書かれていたのです。


あー奥田先生が言ってたことが
ここにも出てきたー!って。


もうすぐお札の人物も変わりますが、
いまさらですが武士道というのも
読んでみようかななんて思った次第です。

 

 

 

新渡戸さんが

海外の知識人と話した時のこと、

「日本はどんな宗教を持っているのですか?」

と聞かれたそうです。

 

 

日本人は宗教に関しては

全員が信奉するようなものがありません。

 

 

新渡戸さんは幕末生まれの方だけど、

当時から宗教に関しては

国教のようなものはなかったのでしょう。

 

 

だから、答えに困っていると

相手の人に言われるんですよね。

 

 

「ありえへんよー」

 

と。

 

 

そこでショックを受けた新渡戸さんが

海外の人に日本の事を紹介するために

改めて日本人や文化を見直し、

書いたのが武士道だと聞いたことがあります。

 

 

日本人とはどんな民族なのか?

 

ということを書かれたんじゃないかと

個人的には思っています。

 

 

 

で、そこで重要視されたのが義徳。

 

 

つまり、義という徳という事になる。

 

 

義というと難しい概念ですし、

一言で言い表せられないけど要するに…

 

自分のエゴを脇において、

自分以外のもののために尽くすこと

 

といっても間違ってないと思います。

 

 

 

先のユーザーさんはギターと関係ない

と書かれていましたが、僕はあると思います。

 

 

実はこの義というのはギターと関係あるんです。

 

 

 

なぜなら、あなたのギターは

誰かに聞かせるものだからです。

 

 

仮に、死ぬまで独りで弾いていても

誰かに聞かせるもの、だと思います。

 

 

その場合はあなた自身を他人と考えて、

聞かせる対象とすれば良いのですから。

 

 

信仰心のある人なら対象を

「神様」としても良い。

 

 

実際、今でもありますよ、

神社のイベントとして

境内で楽器演奏する、とかね。

 

 

あれは、その神社の空間や

神社が守る大自然に聞かせているのです。

 

 

部屋に聞かせる、ペットに聞かせる。

 

 

観葉植物とかに聞かせるでも良いのです。

 

 

 

なんせ、人間以外のものも含む全てに対して

自分の演奏を捧げるということを

考慮してみてください。

 

 

そういう意識をもって演奏と付き合えば

今の自分は何をしたら良いのかわかるはずです。

 

 

自分では何がどうなっているのかわからないけど、

なんか恥ずかしい演奏だと感じるなら

他人に見てもらったら良いのです。

 

 

 

そうやって捧げることを意識する。

 

 

献上することを意識する。

 

 

ご自身の演奏をそういうものとして

扱うようになると上達の流れが変わってくるのです。

 

 

活用できる、出来ないというのは

一旦脇において、活用しようとしてみると

わかると思います。