無欲というのはいいものだとされています。

 

 

確かに激しく何かを欲しているというのは

傍目でみていてもなんだか見苦しいし

自分がそうなっていることに気付いてしまうと

自己嫌悪になったりすることもありますよね。

 

 

でも、無欲と言うと

本当に何も望まない状態のことだと

思いがち。

 

 

僕はそう思っていました。

 

 

 

でも、長年、なんだかその定義には

違和感を感じていたのです。

 

 

何も望まないでいるなんて、

そんなこと言ってたら楽しくないだろ

 

とか…

 

何も望まないなんて

そもそも人間にそんな事出来ないだろ

 

とか…

 

何も望まないことがいいことなら

何で人間に欲というものが存在するのだ?

 

とか…

 

 

なんだか色んな疑問が湧いてくるのです。

 

 

 

でも、ある時、私淑している師の本を

読んでいたらそこに書かれていました。

 

 

無欲というのは何も望まないことではない。

 

そんなことをいい出したら、

死ぬのが一番いいということになるし

ボケてしまったほうがいいということになる…

 

 

と。

 

 

読んでて「そうそう、そうなんですよ」とか

思っていたら次にこんなことが

書かれていました。

 

 

無欲というのは浮気をしないことだ。

 

脇目もふらずに、

ただより善くなることに

邁進していることだ

 

 

と。

 

原文では違う表現だったかもしれませんが

こんな内容が書かれていた。

 

 

読んだときに目からウロコが落ちる思いが

しました。

 

 

 

それなら先の疑問は全て解けるし

実体験からいっても納得だからです。

 

 

浮気…つまり、自分を堕落させるような

くだらないことに氣を散らさずに…

 

進化成長、改善に尽くすこと。

 

 

そうすると楽しくなる。

 

 

2,500年前の先哲も教えとして残しておるが

進化成長、改善に尽くすと楽しくなる。

 

 

人生が楽しくなる。

 

 

自らが良くなっていくことが

楽しいからもっと進化成長改善に

エネルギーを使う。

 

 

 

すると、ここでも書いたように

 

 

ツボの話

 

 

 

結果として壺中の天が出来上がる…

 

 

という「つながり」が見えたのです。

 

 

 

もちろん、ギターでも全く同じです。

 

 

自分の進化成長改善に目が向いている人は

楽しく上達して、音楽が楽しいものになり

壺中の天になっていく。

 

 

社会的な状況の如何に関わらず

別天地というものすごく価値あるものを

持つようになる。

 

 

無欲…

 

つまり、成長進化にひたむきに

エネルギーを注ぎ続けること…

 

そういう意識でギター弾き続けることは

ホント限りない見返りをくれるのだと

実感します。

 

 

 

これ、ホントそうですよ。

 

 

結局、上手くいかないと感じることや

その結果やめてしまうということは…

 

エネルギーの使い方を

誤っているだけだとおもうのです。

 

 

 

沢山のギタリストや

生徒さんとか見てきてホントそう思います。

 

 

いつも自分の進化成長に

目線が向いていたら…

 

フレーズが弾けるとか

誰よりも上手く弾けるとか

誰かにうまいだの下手だの言われるとか…

 

そういうことは関係なくなるのです。

 

 

これが無欲という真意だと

思います。

 

 

無欲にやっていきましょう。