「なんでそこまでリズムばっかりやらないとだめなんですか」
この言葉に教室は静まりかえりました。
僕はこの時
「こいつ、何言うねん…アホなんか?」
と思いながら、黙って見ているしかありませんでした。
すると先生はそれを発言した生徒に
「じゃあ、お前の言ってる
そのギターソロとやらには
リズムはないんかぃ」
一発で生徒の傲慢さを打ち砕いた先生を見て
僕は改めて「この人の見てる景色を見たい」と
思いました。
でも、論破された生徒は不服そうです。
休憩時間。
彼とそれを取り囲む大勢の生徒が
何かを話しています。
聞いてないふりをして聞き耳立ててると
「リズムリズムて言われても
ソロ弾けへんかったら
仕事にならんでな 笑笑」
僕は聞いてないふりをして
内心のもやもやを自制しながら
その場を後にしました。
時は流れて、1年半後。
晴れて音楽学校を卒業することになりました。
最初200人ほどいた生徒は
たったの20人ほどに…
そして、今、音楽学校を出て
20年以上が経ちました。
僕は同期で音楽を続けている人を
知りません。
前回、僕はギターを人に教わる教わらない
ということより大事なものがあると書きました。
その答えが先の実話には現れています。
それは何か?
それは…
ギターを人に教わろうが教わらなかろうが
結局は根底に尊敬がないとだめだということです。
人にギターを教わるなら
自分は未熟だから人に教わるのだ、
ということをわかっておらねばならない。
そして、教わる相手には敬意を持つべきです。
敬意を払う気にもならないなら
その指導者からは離れたら良いのです。
人にギター教わらず
本や、YouTubeとかを参考にして
ギターやる場合も同じ。
それを使って学ぶんだから
本の著者やYouTubeの発信者に敬意を払うことです。
それが出来ないならそんな本や動画は
当てにしないことです。
人に教わろうが教わらなかろうが
敬意も払わず自分は良くなろうという
その性根がものごとの成就を阻むのです。
敬意があれば相手の言っている事を
否定したりすることはないし
相手の言ってることの真意はなんだろう?
という視点に自然となる。
それが自分の価値観、世界観と違うから
学びになって結果、改善や成就が起こるのです。
今は情報がありすぎて、
インスタントに消化するような感覚で
情報に接してしまうことが多いけど
それでうまくいかないのは
そこに敬意がないからだと思います。
この世は鏡の世界です。
インスタントに扱ったら
その報いを受けます。
敬意を払えばその恩恵も受けるでしょう。
あなたは情報に敬意を払っていますか?
教えてくれる人やコンテンツ作成者に
敬意を払っていますか?