開放弦3つっていうのも
結構出来そうで出来ないんですよね。

出来ないというか、変に意識してしまう。

別に余計なこと考えずに
普通に弾けばいいんですがね、
縮こまっちゃうっていうのかな、
4本弾いちゃいけないとか
1本しかピック当たらなかったらどうしようとか、
どこかで思っている自分がいるんですね。

そういうのが出るんですね。

心が。

冷静に考えれば
どうでもいいことなんですけどね。

人間が小っちゃーい!!(笑)

 

 

 

上のコメントは

宅配便ユーザーさんがくれたコメントです。

 

※宅配便というのは

ギターの進研ゼミみたいなサービスです。

 

 

ギター演奏…

特にバッキングリズムギター(伴奏)は

人間が出る。

 

 

これはよく生徒さんを指導する時に

お伝えすることなのですが、

その具体例が先のコメントです。

 

 

楽譜に開放弦3つ弾けという指示があるから

それを忠実に守ろうとする。

 

 

つまり、真面目なご性格

 

 

ということです。

 

 

ただ、そこにとらわれるほど

真面目なのが過ぎてしまうわけです。

 

 

そして、結局、動きが縮こまって

ミスったり、第三者が聞いた時に

違和感を感じる演奏になってしまう。

 

 

 

これはよくあることです。

 

 

僕たち日本人はやはり真面目です。

 

 

多分、世界的にみても

アバウトを嫌う人種だと思います。

 

 

先のコメントの方もそう。

 

 

すごく真面目。

 

 

 

ちなみに、この方の名誉のために書きますが

この方は小さい人ではありません。

 

 

見た目は小柄な方ですが、中身は違います。

 

 

真面目故に、木を見て森を見ずな結果に

なってしまう。

 

 

音楽は聞き手にどう聞こえるかが第一なのに

聞き手が判別できないところに

こだわってしまうわけです。

 

 

 

これは他人のことだと笑えません。

 

 

明日は我が身です。

 

 

これは僕も含め、

多くの人がしょっちゅう

経験していることなのですから。

 

 

ギターでなくても

仕事のことや家庭のこととかになると

とたんに同じようになっている人は

たくさんいます。

 

 

 

そういう自分の内面にあるものを

ギター演奏を通して発見するのです。

 

 

発見したら特別なことをしなくても

勝手にバランスがとれていい感じになるのです。

 

 

 

こういうのがギターという趣味における

本来の価値なのではないか

と思えて仕方ありません。

 

 

弾けなかった何かが弾けるようになった、

という達成感や成長の実感、

それに伴う自信の回復も素晴らしいですが…

 

 

個人的にはこういう自分の未熟な部分を

見つけられることも同じくらい

ギター演奏をする価値なのではないか

と思うのです。

 

 

小さな事にこだわっている自分を発見した時に

小さな事にこだわっている人を受け入れることが

できるのですから。

 

 

それだけ自分の器が広がる

ということだと思うのですが、

いかがでしょうか。

 

 

ここらへんが見えてくると

ギターがただの趣味ではなくなってくる

と思います。

 

 

そして、こういうことから

ギターが人間の可能性を開くモノとして

認識できるようになるものだともおもうのです。