以前、三悪について書きました。
今回は改めて再度三悪を見直してみて感ずることが
また前と違っておるので
紹介します。
一、色を好むこと、
ギャンブルにはまること、
大酒を飲むことは、
最もやってはならない三悪です。古くからの掟と心得てください。
二、修行は何ごとも一所懸命にやること。
自分勝手な慢心で、手を抜いてはいけません。
これは世阿弥が風姿花伝の序章にて
述べている言葉です。
能を習得するのにこの2つが重要だと
残しています。
これは能だからそうだと言うことじゃなくて
楽器演奏でも同じ。
芸というものはこういう心がけでいないと
血肉化しない、と言っているわけです。
面白いのは
古くからの掟と心得てください。
ここにあるように、
異性、ギャンブル、大酒
この3つは古くから戒められたということです。
これは確か、幸田露伴も同じ様なことを
書いていたけど、確かにそうで。
共通項は依存なんですよね。
異性に心奪われると
他のことに手がつかなくなる、
というのは歴史的にも事実ですし、
それを書いた小説、逸話なんかも山程ある。
ギャンブルも酒も依存症と名付けられるほど
中毒性がある。
つまり、依存性が高いわけです。
現代なら、ウェブもスマホもソウじゃないですかね。
夢中になりやすく、依存度が高い。
そしてその割には有益なことを産まないことが
多い。
もちろん、異性もギャンブルも
酒もウェブもスマホも使いようです。
親しむと駄目である、という類のものではない。
ただ、心奪われると場合によっては
人生が破綻するレベルに発展するからこそ
古来から戒められたわけでしょう。
そういうものを節制する必要がある、
そういう冷静さというか、落ち着きが必要。
これはギターでも全く同じ。
ギターが弾けるようになったら良いのに
と口にして、時間がない、時間がない
という割にはパチンコ行く余裕があったり
日々の晩酌は欠かさない、みたいなのが
おったりする。
別にそこまでして
弾かなくてもいいといえばいいけど…
そんな心がけでやってきた結果が今であることを
忘れてはいけないと思います。
そういう心がけでやってきて、
「うまく弾けるようになりたい」という願いが
叶わなかったわけなのです。
それなのに、心がけを変えずに
自分を振り返らず、
「弾けるようになりたい」と言っても
それに現実性は薄いと思うのです。
心がけを変えずに如何なる練習をしようが、
どんな優秀な師につこうが変わるわけがない。
そう思います。
趣味だからと言うのが
ただの慰みなっておるなどということ事態が
なんとも恥ずかしいことだと
個人的には思えてならない。
世阿弥が言うように、
自らの行いを節制して、
自分勝手な慢心で、手を抜かない心がけが必要。
趣味もプロも関係ない。
人生の営みの一瞬間であるのです。
芸を身につけるということは
身も心も修めていく事が重要だと
改めて思わされる一節。
そうやってこそ、
一芸は万芸に通ずる事になる。
世阿弥の思想はこうやって筋が通るのです。
同じやるなら万芸に通ずるような
プロセスをたどりたいものです。
そうやってこそギター演奏も
価値があるというものです。