よくギター教えていると
特に初心者さんから
「ギターって難しいですね」と言われます。
実はそれを聞くたびに、
「この人は自分の言っている意味を
わかってない」
と僕は感じることが多い。
あなたはこれを聞いてどう思いますか?
僕の言っている事を
「確かにその通りだ」と感じるでしょうか?
それとも「こいつは何を言っているんだ?」
と感じるでしょうか?
もし、あなたが前者なら、
ここから先を読む必要はないでしょう。
でも、後者なら、
これから書く話はもしかしたらあなたに
大きなヒントを与えるかもしれません。
なぜなら、この話は練習しても
上達を実感できない多くの人の
根本原因であることが多いからです。
「ギターって難しいですね。」
この言葉そのものには何の問題もありません。
ただの感想です。
しかし、大抵の場合は
これ、感想で終わりません。
この後にこう続くのです。
「先生は簡単に弾けると言うけど、
ほんまかいな」
とか
「自分には弾けそうにない」
などと続くのです。
これは余計な考えです。
これが全く無意味であり、不毛。
むしろ害になる。
ちなみに口には出さないけどそう思っていたら
同じことですからね。
そういう場合は大抵、顔に現れるから
「自分には弾けそうにない」とか思いましたか?
と冗談ぽく聞くようにしているのですが、
図星である人は多いみたいです。
さて。
ギターは難しいと自ら宣言した後
「先生は簡単に弾けると言うけど、
ほんまかいな」
とか
「自分には弾けそうにない」
などというのはなぜ無意味であり、
不毛なのか?
なぜ、害になるのか?
これは簡単です。
なぜなら、そういった(思った)ところで
何も良い変化はないから。
ギターがより難しいものに
見えてくるだけのことです。
自分でギター弾けるようになりたい
と言っておきながら自分で
高いハードルをイメージして
「ほーらやっぱり難しい」
とか言ってるわけですね。
こうやって文章に書かれると
「アホかいな」と思うかもしれませんが
そうやって自分の将来に伏線を張るのが
人間です。
「弾けるはず」と思って努力して
それが報われなかったらショックですから。
だから、前もって自分の心を守るために
防御線を張るわけです。
でも、現実は何も防御できてなくて
自分の可能性を損ねただけ。
こうなるケースが多いのです。
自分で消極的な事を口にして
つまらない現状を作り出して
一体何の役に立つのか?
という話なのです。
ギターを難しいと感じるのは自由です。
難しいと感じるものを
無理に「簡単だ」と思う必要はない。
難しいものは難しいでよろしいのです。
しかし、それと
「弾けるようにならない」というのは
全く別の話です。
だから、
「おぉぉぉ、なかなか難しいな。
これはやりがいがあるではないか」
といえば良いのです。
そう思えば良いのです。
それをうまくいかなかったときのための
防御線を張るなどと湿っぽいことをするから
音楽も人生もつまらなくなる。
朗らかに生きられないのです。
ギターは難しい。
でも、だからこそやりがいがある。
だからこそあなたは
チャレンジしようとしておるのです。
それをしっかりと自覚しましょうね。
そういうのが案外ギター上達に貢献すると
長年の経験で思います。
参考になれば。