先日レッスンをしていて、
嬉しいことがありました。
今回の生徒さんは弾き語りを
やっている方なんだけど
ずっと僕がコードストロークのパターン等を
示していました。
それを彼になぞってもらって
きれいにリズム通り弾けるようになってもらう
ということを通して修練していたわけです。
リズムというのは厄介なもので
「リズム感」というくらいですから
やはり感覚が最後はものをいう。
だから、リズムの何たるかを
身体でわかってもらうのが一番なのです。
そのための練習でした。
もちろん、リズムをある程度、論理的に、
感覚的な要素抜きで語ることは出来る。
でも、それは感覚を会得する方便です。
もちろん、論理的、合理的に
リズム攻略することは出来ます。
それで弾けるようにもなる。
でも、それだけでは必ず限界がきます。
最後は方便を利用しようがしまいが
結局は感覚がモノをいうのがリズムです。
先日のレッスンでは従来通り
彼が弾きたい曲をその場で聞いて
僕が即興でリズムパターンを創り
それを弾いてもらっていました。
いつものように始まったレッスンでしたが…
僕がホワイトボードにリズムパターンを
書こうとした矢先に
背中から音が聞こえてきました。
その音は僕が今、まさに
ホワイトボードに書こうとした
リズムパターンだったのです。
僕はすぐさま手を止めて
「そのリズムパターンは
自分で考えたのですか?」
と聞きました。
彼は
「え?あぁ、まぁ、なんかこんなのが
合いそうだな、と思って
テキトーに弾いたのですが…
まずかったですか?」
と答えました。
それを聞いて、
「あぁ、感覚が1つ出来上がっていたのだな」
と嬉しくなりました。
リズムの感覚とはこういうものなのです。
こうやって幾度も幾度も
いろんなリズムのパターンに親しんでいった
先に自然と出来上がるもの。
だから、普通はやりもせぬうちから
イヤになる。
そもそも、リズムの話など
耳にすることもないから
もっと耳馴染みの良い、
基礎練というネーミングに価値を感じるほうが
楽なのです。
そうやってリズムを軽く見て
弾けない期間が続くと
「自分にはセンスが無かった」などと
悟ったように勘違いし
「所詮趣味だから」といって
投げ出してしまう。
だから、僕は自分について来てくれる
生徒さんには必ず弾けるようにさせてみせると
思えるのです。
その努力が少し報われた気がしました。
彼はもっと沢山のものが
弾けるようになるでしょう。
そのうち自分がやってきたことの価値も
自覚できるようになるでしょう。
まだまだ段階はありますが、
感覚を作れるところまで
続けられたことが悦ばしい事なのです。
この話を通して、心ある人に
リズムというもの、
そして、それを表現する身体操作を
覚えることに価値を見出していただけると
嬉しいです。
追記
先のは僕が直接指導させてもらっている
生徒さんの話ですが…
もし、あなたがこの話を読んで
リズムや身体操作に価値を感じたなら
まずはこの電子書籍から実践していただけると
お役に立てるのではないかとおもいます。