先日オンランレッスンをやりました。
この生徒さんは目にハンデがある。
全く見えないのです。
でも、歌とギターをやっている。
歌は別の先生に習っておられます。
そこではグループレッスンらしいのですが
どうも上手くついていけてないらしく
それが悩みになっているようでした。
ギターでもそういう事が過去にあったようです。
そういうちょっとした心の傷というのは
蒸し返してくるものです。
どう扱っていいかわからない状態に
陥ることも多く、難しい問題なのですが…
話を聞いていると、
ついていけてない自分に
失望している可能性が浮上してきました。
自分に失望する。
これが心の傷を創った張本人である
可能性は高い。
そして、それが当たっていたなら
自分を傷つけているのは
他ならぬ自分自身ということになります。
周りの話についていけない、
理解できない
というのは実際起こっていることだから
仕方ない。
でも、その後で
「だから自分は駄目なのだ」
という解釈はなんの役にも立ちません。
そんな役に立たない解釈をしても
仕方ないのですが、
御本人からするとそれ以外の解釈が
見つからないものです。
故に、心の傷は放置される。
そして、同じような事が起こるたびに
その古傷が疼くわけです。
これは
「周りについていけない」
「先生の言っていることを理解できない」
というのに新しい意味付けが生まれると
解決するのです。
実際、彼には新しい意味をお伝えしましたが、
やはり声が明るくなったので
何かしらいい影響は出たと思っています。
人ってどこまでいっても心の生き物でして。
如何に正しい方法論、
正確な知識を教えられても
心に傷を抱えていると
その実践にブレーキがかかる。
仕事とかなら
それでも生活のために頑張れるかもしれない。
家族のために頑張れるかも知れない。
でも、自分を解放させることが出来る趣味で
こんなことが起こっていると
いつまでも自らを解放させることが出来ません。
普段と違うモードに自分を置くことで
自らを解放し、自らの心を遊ばせることで
疲れた心身を癒すのが趣味の本質。
なのに、かえって疲れさせるというのは
本末転倒です。
知識や技術はあれば音楽を楽しめるのは
一面において正解です。
でも、他の一面として
そもそも、自らを解放させることが出来ないと
行為そのものに意味が薄らぐことを
知っておきましょう。
そのためにも自らの心を
暗く重たくさせるものは
あまり溜め込まないのが良策。
そして、解決できない心の傷は
あたらしい意味付けをすることで
癒やすことが重要だと改めて思った
ひとときでした。
あなたももし、彼と同じように
心に暗く重たいものがあるなら
違った意味付けが出来ないか、考えてみましょう。
意外とこういうことをやると
ギターは弾けるようになったりしますよ。