ここ数年…

 

いや、もしかしたら何十年と

感じていたかもしれないと思うことがあります。

 

 

それは…

 

「わからない」というコメントに対する

違和感です。

 

 

 

16歳の時に僕は人生の恩師に

 

『わかる』と『できる』は違う

 

と教わりました。

 

 

その教えに感動して、

『できる』を目指してきた。

 

 

すると物事の習得の流れには先があることも

今では言語化できています。

 

 

以前、紹介しているかもしれませんが…

 

 

わかる

 

 

できる

 

 

つながる

 

 

ひろがる

 

 

という4ステップです。

 

 

 

このモデルは人の成長に

間違いなくあると思うのですが…

 

細かいニュアンスがありまして。

 

 

 

『わかる』という段階で、

色んな『わかる』があるのです。

 

 

少なくとも3つはある。

 

 

 

理性を使った『わかる』

 

体験を通した『わかる』

 

出来た結果得られる『わかる』

 

 

という3つです。

 

 

 

学校の勉強とかで習うような話は

理性を使った『わかる』が多い。

 

 

理屈を納得するというか。

 

 

頭の中で完結している『わかる』です。

 

 

 

ギターは体験を通した『わかる』が多い。

 

 

なんかとりあえず弾いていたら

指もうごくようになって

なんか弾けた感じがする。

 

 

こういう体験を通して

ギター演奏を『わかる』わけです。

 

 

 

最初はデタラメに

テキトーに頭に浮かぶフレーズを

形にして作曲した。

 

 

こういう体験を通して

作曲を悟るわかり方というのがあるわけです。

 

 

 

こういう風にしてわかるのが

体験的な『わかる』。

 

 

 

でも、体験的な『わかる』だけでは弱い。

 

 

「たまたま出来た」なんてことがあるから。

 

 

たまたま出来ただけなのに

調子にのって全てをわかったかのような

傲慢な感じになる人も中にはいる。

 

 

 

そこで、楽しくやれる人は

再現性を出そうとしたり

もっと高みを目指そうとして

理性を使った『わかる』を取り入れようとする。

 

 

演奏なら身体操作を学んだり、

うちの生徒さんならトーン×リズムを学んだり、

音楽理論を学ばれたりします。

 

 

こうやって色々やっているうちに

色々出来るようになる。

 

 

出来るようになったら、

先に「わかった」と思っていたことが

「実は何もわかっておらなかった」

ということがわかったりする。

 

 

 

例えば、8ビートは基本だと思っていて

とりあえず弾けるようになった。

 

 

そこで16ビートを練習した。

 

 

それも弾けるようになったある時に氣付く。

 

 

あれ?8の方がむずかしいぞ?

 

 

8ビート

 

 

16ビート

 

って流れじゃないの?もしかして。

 

 

ということは4はもっと難しいのでは?

 

 

あれ?実は4ビート、弾けないんじゃないか?

 

 

 

みたいな本当のことに気づき始めたりする。

 

 

「出来る」を経て、

『わかる』が深まる部分がある。

 

 

 

だから、先の4ステップは本当はこうです。

 

 

わかる

 

↓↑

 

できる→わかる

↓↑

 

つながる→わかる、できる

 

↓↑

 

ひろがる→わかる、できる、つながる

 

 

というのが真相だと思っています。

 

 

 

なんせ、

 

『わかる』と一言でいっても

色んな『わかる』があるということなのです。

 

 

 

それを…

 

理屈で納得することばかりを

重視していると…

 

冒頭の違和感満載の

「分からない」というコメントになる…

 

 

そんなケースがすごく多い気がします。

 

 

 

こんな態度でやっていると

ギター一つでも続けるのは困難になって

当然です。

 

 

前に進まないから面白くもないでしょうし。

 

 

新しい発見や新たな可能性とのつながりも

見えてこないでしょう。

 

 

で、中には、大して探ってもいない、

努力もしないくせに

 

「新しい可能性?そんなもんあるか」

などと言ってみたり、

 

「センスだからないやつは諦めろ」

などと楽しくやろうとする人の心を

折るような無責任なことを公に口走る輩に

なりさがりかねません。

 

 

 

特にギターなんかは

練習法が云々って大事ですし、

確かにそれをヘタに選んだら弾けるようには

なりませんが…

 

でも、それってやってみる前から

わかろうとしても無理があるのです。

 

 

とりあえずやってみる。

 

 

そういう態度が「わかる」を促すことが

多々あるのです。

 

 

 

そう言えば、先日もオンライン教材を

実践しているユーザーさんが質問をくれたので

メルマガで答えたら早速実践してくれて、

「目から鱗体験ができました!」と

嬉しい報告をくれました。

 

 

身体操作を指摘したのですが、

たった1アドバイスで十分なのですよ。

 

 

ちなみに、この方確か、YouTube見まくり、

教則本あさりまくりで何年も上達せず、

ジプシーしてた方です。

 

 

でも、頭働かせる前にとにかくやる。

 

 

毎日数分でいいから弾く。

 

 

うだうだ言わずに努力重ねると決めて努力された。

 

 

すると、1年も経たないうちに改善して、

1アドバイスで変化を感じるまで浄化した。

 

 

 

そんなもんです。

 

 

このように、『わかる』には色んな「わかる」がある。

 

 

頭で分かるだけではないのです。

 

 

やってみたら分かるような話は

やったらはっきりします。

 

 

やらずに「わからない」「できない」などと

言ってる時間があるならやろうね、

ということです。

 

 

参考になったら嬉しいです。