前回に引き続き、ハルさんの教え。

最後はこれです。

非連続的な練習の効果。

それは、何かの分野を上達させれば、
他の分野も上達するからです。

全ての分野はつながっているのです。

骨が繋がっているようにね。

「非連続の練習」という
聞き慣れない言葉が出てきますが、
これは逆を考えるとわかりやすいです。

つまり、連続の練習とはなにか?ということ。

これは要するにルーチン化した練習のことです。

予め決められた練習メニューを、
決められた時間配分、決められたタイミングで
機械的にこなしていくようなのは
連続的な練習だと言えます。

よくあるでしょう?

例えば、スケール練習に30分、
コード練習に30分、楽曲練習に1時間…

みたいな。

毎日同じ内容を繰り返すような練習です。

もちろん、練習を繰り返すのは
重要なコンセプトです。

しかし、それが機械的になってしまうと
駄目になります。

古来から、これは「因循姑息」と
言われるやつです。

なんの創意工夫もなく、
ただただ、毎日同じことを同じ様に
機械の如く繰り返す。

こうなるとやってくるのは「衰乱滅亡」と
古来相場が決まっておるのです。

「衰乱滅亡」なんていうと
大げさな感じがするかも知れませんが、
ギターに置き換えるなら挫折であります。

そりゃそうですよね。

毎度同じことをやり続けて居るのですから
面白くなくなって当然です。

だから、練習は機械的になってはいけない。

そして、つい、因循姑息的になりがちな
練習に創意工夫が施され、
継続すると…

何かの分野を上達させれば、
他の分野も上達する

という体験をするし

全ての分野はつながっているのです。

ということが分かるようになる。

これも何もハルさんの知恵を借りずとも
僕達の祖先が何百年も前にすでに喝破しております。

世阿弥は「一芸は万芸に通ず」と言っているし
「一芸は道に通ずる」ということわざまである。

諸教帰一。

表面的に違った様に見える諸々の教えも
煎じ詰めたら同じ結論になる、という
教えまである。

要は、ギターでも音楽でも
追求したら森羅万象の真理に到達する
ということです。

だから、僕達の生活に直接影響しないだの、
趣味だから、などとサブいことを言わずに
淡々と、終わりなき道を進むが如く
やっていくとたくさんの教訓を得ることが出来る。

それが、音楽が今まで文化として
継承されてきた理由だと思います。

これは体験しないとわからないことかも知れませんが
僕もハルさんと同意見です。

せっかくやるのですから
こういう境地に至れるまでやってくれる人が
一人でも増えたら嬉しいと思います。

そのためにお手伝いしているとも
言えますので。

是非、万芸に通ずるまで
やり込んでみてくださいね。