人生には嫌なことが起こります。
いいことも起こります。
でも、嫌なことが多いかも知れませんね。
ギターも同じです。
楽しいこともあれば、嫌なこともある。
でも、前回の話にも書きましたが
良し悪し、好き嫌いというのは
自分の意味付け次第なのです。
現象に対してどんな意味を付けているか?
ということです。
前回、盲目の生徒さんを例にして
実際のところをご紹介しましょう。
彼はグループレッスン等で
周りの話についていけない、
感覚的な話が理解できない、
という現象に対して
「だから自分は駄目なのだ」
という意味づけをしていました。
でも、僕から見ると
周りの話についていけない、
理解できない、という現象は
必ずしもダメな現象には見えません。
むしろ真逆に見えるのです。
どういうことかお話しましょう。
特に音楽はそうなのですが
なんだかんだ言って
感覚がものをいう世界だったりします。
自分的には良い演奏ができたと思っていたのに
録音した演奏を聞いて
「こんなはずではなかったのに」
とおもった経験はありませんか?
これは演奏しているときの感覚と
実際でている音の間に差があるということです。
つまり、自分が思ってる通りには
必ずしもなってないことがざらにある、
ということです。
これが理解できたら
先の生徒さんの話に戻りましょう。
彼は周りの話についていけないのが
ダメだと思っていました。
先生や周りのメンバーが言っている
話の内容が理解できないのは
自分がダメだからだと思っていました。
彼はついていけない、理解できないわけです。
これって本当にダメなことなのでしょうか。
先にも書いたように出来てるつもりが
全然出来てなくて
愕然とすることってあるんですよね。
つまり人は勘違いをする生き物なのです。
でも、この彼の「ついていけない」
「理解できない」という状態なら
勘違いのしようがないのですよ。
だから、彼は誰よりも
進歩成長することができる。
勘違いという可能性がないのだから。
これが中途半端にわかっている状態だと
問題はとても厄介です。
本人の感覚的には分かっているつもりだけど
実際は何も分かってないという状態…
これだと進歩成長させることは
かなりむずかしいのです。
この場合、例えコーチがアドバイスをしても
本人は出来てるつもりだから
全く内容が届かない…
という現象が普通に起こります。
これを厄介なことだと言わずして
なんというのか。
彼の気持ちはわかるのです。
周りの話についていけない、
人の話が理解できない。
これは恥ずかしいことでしょう。
もしかしたら、周りに
「お前は未熟者だからわからないのだ」
と無言の圧をかけられるかもしれませんね。
でも、真実は必ずしもそうではない。
優者だと思っているものが
実はとんでもない劣者であり
愚者だと思っているものが
実は最も賢者である…
こんなことはよくあることなのです。
このように現象というのは
どの立場から見るか(視点)?
どれくらいの視座(俯瞰度)で見るか?
ということで大きく見え方が変わります。
この、立場(視点)・視座を変えて
役に立つ解釈ができると
過去の心の傷が癒えたり
物事を効率的に前に進めることが
できたりします。
嫌なことに遭遇したら
ご自身の視点・視座を変えてみましょう。
見え方が変わることを
実感できるかも知れません。