先日レッスンをやりました。
お相手は、大学3年生のH君。
うちによく来てたのは小学生の頃だったので
「大きなったなぁ」という懐かしさと
長年会ってない事でキャラが変わっている事に
趣を感じました。
そんなH君も大学の軽音サークルで
音楽を楽しんでいるらしいのですが、
その中で色々と問題が発生しているらしい。
お話を聞いて1つずつ解決させていくんだけど
彼の想像を超えた答えをしたようで
めっちゃ感動してくれました。
何回「まじかー」「これはすごすぎる」と
言ってくれたかわかりません。
その内容…どんな問答だったか
お話しても良いのですが
実はこのやり取りの中で重要な学びを得ました。
これがギター上達の一番根本にあるので
その話をさせていただきます。
まず、大きく上達する時というのは
行き詰まっている時だということです。
Hくんは自分なりに色々努力しまくった。
向上心があるから自分で創意工夫をしまくった。
だからこそ、こちらがいうアドバイスが
想像を超えたものであっても
受け入れることができる。
御本人は「今までの努力は何やったんや…」という
気持ちになるものですが、
その努力が無いと受け取れないアドバイス
というのがある。
だから努力は人を裏切らない。
これが良くも悪くも経験がない初心者だと
こうはいかないことが多い。
如何に近道のアドバイスであったとしても
よほど素直に人の言う事を聞けるか
すでに師と信頼関係を築いてないと
なかなか受け入れ実践するとこは難しい。
つまり、上達というのは
回り道を厭わない向上心と実行力が
必要である、ということです。
これが無いのに近道となる教えを聞いても
猫に小判となる。
例えば、彼に行ったアドバイスに
「メトロノームを使うな、捨てよ」
というのがあるけど、
世間一般の教えと反しているだけに
この教えの真意を掴もうとすると
それなりにメトロノームを利用した練習で
行き詰まっているほうが良かったりする。
彼に、このアドバイスをしたのは
メトロノームを使った練習の限界を感じている
と判断したからです。
そうやって「正解らしき」ことをやって
行き詰まらないと受け取れないアドバイス
というのがあるのです。
だから、上達を実感したい、
人間として一皮むけたい、
そういう進歩向上を望むなら、まずは
どんな方法でもいいから
向上心を喚起させること。
ある種の真剣さを持つことです。
「趣味だから何でも良いんだ、
だから時間があるときにでも気楽に弾くさー」
等と言っている軽薄人間では
ものにはなりません。
趣味にすらならないのが現実です。
そうではなく。
「趣味だからこそ、寸暇を惜しんで楽しまねば。
うまくなるならんは
やってみなければわからない。
無駄に終わっても良い。
数十秒でも良いから弾いてやるぞ」
こういう態度が向上心であります。
そして、そういう思いを持って実行する。
ギターを弾く。
それを続ける。
すると嫌でも問題にぶち当たる。
ここで始めて問が生まれます。
その問いを解決しようとして
はじめて先人の教えが活きてくるのです。
啐啄同機(さいたくどうき)という言葉があります。
啐とは卵が孵化するときに、
卵の中のヒナが殻を自分のくちばしで破ろうとする行為。
啄は親鳥が外からその殻を破ろうとする行為。
この両者のタイミングがピタッと一致するからこそ、
雛は羽化することができる。
そういう美しい光景を表す言葉ですが、
ここから教わる側の準備ができない間は
如何に師が教えを施しても実らないことを
意味しています。
つまり、進歩成長、上達発展というのは
向上心に裏付けられた
不断の努力、実行が必要だということです。
その意味で現代というのは
環境的に本物と偽物が区別されるものになっている
と思わずにはいられません。
無料で労せず教えだけが手に入る。
しかし、こちらの準備が出来てないと
なんの役にも立たない。
むしろ足を引っ張ることもある。
これはなんとも妖しき世界という見方ができる
かと思います。
この妖しさに惑わされずに
先人の教えを武器として、進歩上達するには
向上心と実行力が根本である。
それをHくんは改めて
僕に教えてくれたと思います。
同じやるなら消極的なことを言って
うじうじせずに、絶えざる向上心と
溌剌とした実行力をもって
弾いて参りましょう。