大切なことは、外部の情報によって
自分の内部のものを引きだすことだと思う。
これも先日からお伝えしている
ハルさんの教えです。
ハルさん曰く、
好きなアーティストがいるとして
それには理由がある。そのアーティストと君自身の間には、
何か感情的または精神的に
共鳴することがあるということなんだ。
これは本当にそうで、
音楽を聞いて「良いなぁ」と思えるのには
何らかの理由がある、ということです。
その証拠に、例えば、僕が
ヴァン・ヘイレンが好きだと言っても
ある人からすると
それがただの「やかましい音楽」でしかない、
ということはよくあるわけです。
これは明らかに共鳴する「なにか」の
有無を示しているわけです。
更にハルさんはこう言っています。
芸術の定義に関して
私が聞いたことがある最高のもののひとつに「芸術は、気づいていなかった
自分について教えてくれる」というものがあります。
これは自己探求のプロセスなんだ。
これは東洋では「自得」と呼ばれるものです。
自らを得る。
自らを知る。
つまり、音楽を誰かのためにやるのではなく
自分を知るためのツールとして利用する、
ということです。
普段からプロだのアマだの、
仕事だの趣味だのと
分けるのは意味がない、と言っているのは
まさにこういうことなのです。
プロ・アマ、仕事・趣味などと言うのは
ただの人間の勝手浅薄な区別でしかないのです。
そんな表面的で薄っぺらいものではなく
もっと奥深く、人生に影響する
自分というものを知ることが
本質的に意義あり、価値あることなのです。
自分というのは死ぬまでついてくるもの。
一生かかっても逃げおおせることが
出来ないものです。
「あなた」という一人間としての可能性を
開こうと思ったら
まずは自分を知る必要があるのです。
知らない自分の可能性を広げるというのは
不可能ですから。
だから、自分を知るためのツールとして
楽器演奏、音楽と関わるわけです。
これは楽器演奏や音楽が
何ら社会的、俗物的な恩恵を
もたらさないのにもかかわらず
廃れずに続いていく理由の一つであると思います。
そして、音楽を通して自得…
つまり、自分を知り得た人は、
他の領域のことも可能性を開いていく。
一事は万事。
一芸は多芸に通ずるのであります。
生徒さんの中にもおられますが
楽器演奏で学んだこと(自得した内容)を
仕事に活かして出世した人とか
普通に居るのです。
こうやってこそ、人生という貴重な時間を
使う価値がある行為です。
あなたは何に惹かれるでしょうか?
何に興味を持つでしょうか?
誰の曲に興味を持つでしょうか。
そこにはあなたが理解できるか否かは別にして
何らかの要素があるのです。
それをなおざりにして基礎練と称した
運指練習に拘泥していては時間のムダである
と言わざるを得ない。
もっと自分を知りましょう。
自分に反るのです。
そして、自分に正直に、素直に、
好きなこと、良いと思えることを
やりましょう。
すると、楽器演奏、音楽をやる意味が
だんだんわかってくると思いますよ。