彼らはこのジャンルにおけるバイブルを
書いたようなものだからね。彼らはそれを発展させ、
肉付けしてくれたからこそ、
俺たちは彼らのやったことを他のやり方への
足がかりとして活用することができる。
こう言うのはメタリカのカーク・ハメット。
ブラック・サバスと、
サバス最後のコンサートについて
コメントを求められ、答えた内容です。
サバスがどうであるとか、
最後のコンサートがどうであるとか
そういうことはおいておいて、
先のコメントには僕達が真似すると良いと思う
視点が含まれているように感じます。
先のコメントからは
カークがクラシック(伝統、古典)を
大事にしたことがわかります。
しかし、周りを見渡すと
このクラシックを大事にする、という感覚が
とても欠けていると感じられることが多い。
音楽でも、やけに最近の人気曲ばかり
弾きたがる人が多い。
でも、そうやっている人に限って
一向にギター演奏が自由にならない傾向にある。
初見で弾くことも出来ないから
いちいち弾けるようになるまでに時間がかかる。
時間がかかるからめんどくさくなってくる。
趣味でやっているから…などと言って
遠ざける。
インスタントにできるスマホゲームとかに
依存するも、ふと虚しくなって辞めて
またギターに代表されるような
「面倒くさい趣味」に走る。
で、めんどくさくなってまた辞めて
インスタントななにかに取り組んで
また辞めて…
を繰り返して結局、何も自分の中には残らない…
という経験をする。
こんな構造に陥っているケースは意外に多い。
音楽以外のことでもこの構造に陥る人は多い
印象です。
僕は奈良に住んでいるけど奈良というのは
大阪、京都という大都市が隣にあります。
ちょっと足を伸ばせば神戸という都会もある。
そうだからかなんなのか、
昔から奈良の人と言うのは
自分の土地を愛さないのが居る。
大阪、京都は素晴らしいというが
自分たちの故郷を蔑むのまで居る。
子どもの頃からよく見られた。
こういうのもクラシック、
伝統を大事にしない態度だと思うのです。
国レベルで見ても
日本はクラシックを大事にしないと
海外では驚かれるとはよく耳にする。
海外の人はジャンル問わず意外に
自国のクラシックを大事にする、
という話もよく耳にするし、
実際先のカークのコメントも
クラシックを大事にしているのがよく分かる。
実際、クラシックを大事にする人は
ちょっと違います。
音楽で言うなら
クラシックを大事にしている人は
ギターフレーズ1つとっても歴史的変遷を
知らず知らずのうちに経験します。
これは非常に演奏を創るうえで
大きいものでして。
歴史的変遷を演奏を通じて
経験するということは、
フレーズの発展過程を経験する、
ということです。
その中でよく出てくる音使いやリズムを
何度も弾くことになる。
昔のモノになるとフレーズもシンプルで
弾きやすいものになっていたりするから
練習もサクサク前に進みやすいです。
そうやって音楽をマスターするから
演奏が血肉化しやすいのです。
でも、色々変形加工された後のものばかり
弾いていると原型がわからなくなるから、
フレーズや演奏の奥にある演奏感覚というのが
わからなくなるのです。
演奏が血肉化しているからこそ
人は安心して演奏を聞くこともできるし
聞き手の感性とフィットすれば
感動を湧き上がらせることもできる。
なんせ、クラシック(伝統、先人の足跡)は
大事にしたほうが良いということです。
もちろん、新しい曲を弾くな、
ということでは無いのですが
クラシックを大事にするということは
意外にギター演奏力を養う上では
重要な要素となる、ということです。
演奏の基礎を養いたいなら60~90年代ロックは
良い題材となるでしょう。
カッティングとかやりたいなら
同じく、その年代のファンクとかディスコとか
アシッドジャズとかやればいい。
ブルースとかなら50~70年代くらいまでの
曲を選ぶとそれだけで練習効果は高まる
と思います。
今まであまりクラシックを
大事にしてこなかった実感があるなら
これを機に昔の演奏を聞いてみてください。
そして、ご自身でかっこいいな、
と感じるものは実際に弾いてみてください。
そうやってクラシックに親しむことは
あなたにとって大きく可能性を拓く事に
つながるかも知れません。