以前、メルマガかブログかSNSか忘れましたが、

「ギターは楽に上達できる」

と書いたらご指摘をいただいたことを

思い出しました。

 

 

「楽しく上達は出来るけど楽ではない」

 

という内容だったと思います。

 

 

 

これが意味することは何でしょうか?

 

 

これは、ご指摘した方がそう信じている、

というだけのこと。

 

 

 

こういうやり取りは今や

かなり身近に目にすることでしょう。

 

 

自分がそのやり取りに参加してなくても

そういうものを目にすると

大なり小なり影響を受けるものです。

 

 

 

ここで重要なのは、

あなたは何を信じたいですか?

 

ということなのです。

 

 

 

僕はギターは「楽に上達できる」と

信じています。

 

 

だから、僕はもちろん、僕の生徒さんも

楽に上達した感覚を持っている人は多いです。

 

 

でも、そう信じられない人は

この考えを受け入れる事はできないし、

自分と違う考えを目にした時に、

自分の信じていることを守ろうとします。

 

 

それで良いのですが、

そうなると一つ面白いことがわかるのです。

 

 

 

それは…

 

「楽ではない」と思っている人は

それを求めていることになる、ということです。

 

 

「楽ではない」と信じているのだから

「楽ではない」と感じることが多くなるのです。

 

 

僕は「楽に上達出来る」と信じているから

「楽に上達できる方法」を

無意識に編み出すことが出来ます。

 

 

あとから振り返って

ビックリすることありますからね。

 

 

「よくもまぁ、こんなシンプルに出来たもんだ」

 

 

とね。

 

 

人にも言われたことがありますよ。

 

 

「難しいことをシンプルにする才能がある」

 

と。

 

 

でも、これって才能というより

「ものごとはシンプルである」と

強烈に信じているだけだと思うんですよね。

 

 

 

こんな感じで

人間って信じているとおりになるのが真相だ

と思いますよ。

 

 

そして、信じているものは選べます。

 

 

信念とは数多く考えた内容だ

 

 

というのを誰かがいってたけど、

本当にそうなのです。

 

 

 

この内容を読んで今まで信じていたことに

注意を払う必要はありません。

 

 

今から何を考え、何を信じたいのか?

 

という事を考えたら良いと思います。

 

 

あなたは何を信じたいでしょうか。