アドリブ講座の受講生が
本質を突いたコメントをくれましたので
シェアしますす。
「アドリブはテキトーでいい」。
この一言で、
ぐっと敷居が下がったように感じました。ミスをごまかす力がつけば、
ライブでもテンパらなくなる。その結果、演奏そのものを
楽しめるようになる。ここまでできるようになると、
「音」を「楽」しむ──つまり“音楽”ができるのかなと思いました。
ギターを練習している目的は、
音楽をやりたいからであって、
突き詰めれば「楽しい体験をしたい」からです。そう考えると、
音楽をすることはアドリブをすることに
自然とつながっていくのだと感じました。
ギターを練習している目的は、
音楽をやりたいから、
「楽しい体験をしたい」から
これはアドリブに関わらず
ギターの練習というのはすべてこうです。
多くはこの「楽しい体験」をするために
苦行を選ぶ傾向にあります。
それが「練習」というものを
楽しくないものにしてしまう。
でも、そもそも
それが苦行ではなかったとしたら?
そうなっている人は練習のイメージが
変わります。
必要か、不要か
という物差しではなく
楽しいか、つまらないか
という物差しで測るようになります。
そして、無責任な誰かに
捏造された必要性を無視して
楽しいことにフォーカスできる人は
本当の必要性は何かを知ることが出来る。
そして、その「本当の必要性」は
やってて「楽しいもの」だと気付けるのです。
アドリブはその「本当の必要性」の1つです。
でも、アドリブをやるために
「音楽理論が云々」「コードトーンが云々」
「モードが云々」「演奏の基礎が云々」
と考えるとせっかくの必要性が濁ってきます。
結果、苦行と化す。
この構図はアドリブに限らず
よく見られることです。
本当の必要性は楽しくやれるものです。
楽しくやることの延長線上に
本当の必要性は勝手に見えてきます。
同じものなのだから当然です。
作為を捨てる事。
思考を張り巡らせて
物事をコントロールすることをやめること。
ギターには最も必要な視点かもしれません。
追記
僕にこの作為を捨てることを教えてくれたのは
はるか昔のこの書物です。
⏩️詳細はこちら
阿呆ほど難しいから
誰にでも読めとは言わないけど
これをギターに応用させると
演奏は化けます。
僕はそれを知っているから
生徒さんに教えるときには
それが教材であろうが講座であろうが
レッスンであろうが
この書に書かれている
教えをこっそり忍ばせています。