損失回避という言葉をご存知でしょうか。
心理学や脳科学の用語なのですが、
要するに利益を得ることよりも
損失をより強く嫌う傾向のことです。
そういうのよくありますよね。
しょっちゅう損失回避が働いて
自分を守ろうとする人は
多いんじゃないですかね。
ある意味、人間の本能だと思うし
必要な自己防衛だと思います。
でも、これも過剰になると
損失を回避したのにかえって
損を被るということがよくあるのです。
さて。
昨日、陽転思考の話をお送りしました。
覚えてない場合は昨日の話を御覧ください。
で、以前、ある人に陽転思考の話をしたら
こう言われました。
「そんな気休めでは僕の場合はなんともならん」
その時は「そうですか、それでは
お気の済むようにされるしかないですね」
というしかなかったのですが
これが損失回避だと思いました。
本音をいうと「あぁ、馬鹿だなぁ」と
思っているのですが
ある意味、本能だから仕方ないのです。
「馬鹿だ」なんていうと、
ひどいことを思うやつだと
思われるかもしれませんが、
馬鹿は馬鹿なのですよ。
馬を見て鹿だと言い張る人間の事を
「馬鹿」というのです。
陽転思考の話を聞いて
「気休め」としか捉えられないのはもう
馬鹿なのか病気なのかどっちかだ
と思うくらいです。
人間は心の生き物です。
陽転思考というのはやり方ですが
これは素晴らしい真理を基礎に置いているのです。
要するに、物事現象というのに
絶対的な意味はない、という真理を基礎に
置いている。
だから、よく見ることも
悪く見ることも出来るのです。
失敗は嫌なもんですが、
同時に成功の種でもある。
逆に成功は傲慢になりやすいから、
失敗の種にもなり得るのです。
すべての事物現象は正と負の両面を
持っています。
何処からそれを見るかで見え方が変わりますよ、
というのが陽転思考のベースにある考えです。
何処から見るかで変わるなら
気分のいい方から見てはどうですか?
という智慧なのです。
それに、大体、「気休め」だと思って
何がどう良くなるのでしょうか?
楽しいのか?
気休めだと言ってやりもしないうちから
拒否して楽しいと感じるなら病気ですよ。
変わりたいといいながら
本心では変わりたくない。
でも、そうなっている自分に気づいてない。
気づかないから仕方ない部分もありますが、
それにしても、智慧を否定する理由には
ならんですよ。
ただ、馬鹿といっておりますが
けなしたいわけではないのです。
むしろ逆です。
彼らは偉大な教師です。
人間の本能というのは
やっかいなものだ、ということを
僕らに心せよ、と教えてくれているのです。
僕も偉そうにこんな講釈を書いておりますが
油断してたらいつこんな馬鹿に
成り下がるかわからない…
ということです。
あなたも同様です。
人間の本能とは暴れ馬みたいなものなのです。
普段からしっかり手綱を握っておかないと
とんでもない方向へ行ってしまうものです。
そういうことを教えているのです。
わざわざ我々が経験しなくてもいいように
示してくれているのですから
同じ轍は踏まないように
心していきたいものです。