「まず、ある程度弾けるようにしなさい。」

これはこのブログで僕がしつこく言っていることです。

 

ここ、出来ないととんでもないことになります。

 

 

ある程度弾けないとどーなるか?

まず、「ある程度」というのはどの程度か?
ということが重要なのですが、
僕が言っている「ある程度」というのは
最低限音楽を感じられるギタープレイということです。

 

 

何も超絶技巧を駆使したプレイができるようになれ、とか
どんなプレイでも弾けるようになれ、

といっているわけでもありません。

 

 

 

まぁ、ある程度弾けないからと言って
目に見えるデメリットがあるわけではありません。

ただ、長期的にみると
非効率なことはやってしまうことになるというのは言えるのです。

 

 

 

たとえば、

ある程度ギター弾けない人が耳コピをやった場合。

音は取れてもそれをギターで弾くことが困難になります。

結果、そのとった音を今度は弾けるようにする練習が必要になります。

 

 

もちろん、現実的には、ギターの練習というのは
そうやってやる部分もあるので、これが悪いわけではありませんが、
ある程度弾けない人が練習すると、ほんと一からやり直し、
みたいなことにもなりかねません。

 

 

 

もう一例。

最低限ギターを弾くことができない人が作曲をやった場合。

これは結構もったいないです。

なぜなら、折角良いフレーズを思いついても
それを即座に表現できないのだから。

 

 

思いついたフレーズをスッと弾けないと
1曲作り上げるのにものすごく時間をかけることになり、
結果的にモチベが下がって音楽から遠のくのです。

 

このようにギタ―が最低限弾けないというだけで
多くの部分で足を引っ張るのです。

 

 

でも、こうなっても仕方ないとも思います。

 

 

楽器店や本屋に行ってギター関連の書籍を見ると、

やれ、コード進行だ、やれ、理論だ、
やれ、エクササイズがどーのこーの。

こういう切り口の本が多すぎるのでどうしても目移りしてしまう。

 

 

ある意味ではまともな練習がやりにくい時代、環境ともいえるのです。

でも、断言しますが、プレイがろくろく音楽に聞こえないうちから
色々知識をいれたり方法論を漁っても却って迷いが深くなるだけです。

 

 

プレイがある程度のレベルでできないと他のことをやっても
結局、満足できるレベルではできない。

理論やコード進行、その他もろもろのアプローチをしても
分かったつもりになるだけでいつまでたっても
音楽をまともに経験できないのです。

 

 

 

その結果、知ってはいるけど活かせないという
何とも残念な結果になってしまいます。

もちろん、音楽はプレイがすべてではありません。

それは僕も百も承知しています。

 

 

しかし、プレイが出来ないと埋めることができない領域があるのです。

 

 

だからこそ、僕はこのブログやメール講座でも
基本プレイ関連のことしか言っていません。

他のこともシェアできたらいいけど、色々シェアして
却って迷わせるなら言わない方がましだと思っています。

 

 

 

もちろん、僕についてきてくれている人の中には
僕の下でアドリブを学んだり、理論を学んだりしている人もいます。

でも、プレイもろくにできないのにそういうことに
接するとろくなことになりません。

特にネット環境だけでギター練習しているとかならなおさらです。

だから、あえてセーブしてお伝えしているのです。

 

 

まずはプレイ。

誰が聞いても音楽を感じることができるレベルのプレイ。

それは最低限音楽を感じられるレベルでいいのです。

 

着実に進めてもらえたらいいなぁと思います。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。